熊本地方裁判所 昭和34年(ワ)522号 判決 1961年6月30日
原告 中島太一
被告 国
訴訟代理人 小林定人 外二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告は、第一次的に「被告は原告に対し七十六万二千五百七十八円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」という判決、右請求が認容されないときに、第二次的に、「被告は原告に対し六十四万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」という判決を求め、請求の原因および被告の主張に対する答弁として、つぎのとおり述べた。
(一)、原告は、農林事務官として熊本営林局に勤務していたものであるが、昭和二十九年六月、被告の機関である同局長から昭和二十九年法律第百八十六号行政機関職員定員法の一部を改正する法律(以下「定員法」という。)にもとづく臨時待命による退職の勧告をうけて、臨時待命を申し出で、同年七月十五日、同局長から臨時待命の承認を得た。
(二)、同局長は、右待命の勧告、承認にあたり、原告に対し、
(イ) 被告は原告に対し、退職手当金四十八万円を一時に支払う。
(ロ) 臨時待命期間は同年七月十五日から六ケ月間とし、右期間中は待命手当(本俸その他の給与等相当)を支給する。
(ハ) (ロ)の期間が終つたあとは、被告は原告を営林局の雇傭員その他定員外職員として採用する。
という約束をした。
(三)、ところが、右局長は、原告に対し、同年十一月六日、一方的に臨時待命期間を同年七月十五日から四カ月間にすると通告し、同年十二月中に退職手当金として三十一万四千四百二円と待命手当金四カ月分とを支払つただけであり、また、臨時待命承認の日から六カ月が過ぎたあとも原告を雇傭員等に採用しないで、右(二)の約束を履行しない。
(四)、(二)の約束どおり原告が営林局の雇傭員等に採用されれば、原告は、別紙に書いてあるとおり、原告と同時に臨時待命になり、あるいはその翌年に退職した人々の例と比較して、少くとも三年間雇傭されることができ、その間一カ月一万五千円の収入を得ることができたものである。
それゆえ、被告が右約束を履行しないことにより、原告は、一カ月について一万五千円の得べかりし利益を失い、同額の損害をうけたものである。
(五)、よつて、原告は被告に対し、(1) 、(二)の約束にもとづき未払い退職手当金十六万五千五百九十八円と待命手当二カ月分五万六千九百八十円との合計二十二万二千五百七十八円の支払い、(2) 、(二)の約束を被告が履行しないことにより原告がうけた(四)の損害のうち昭和三十年二月から昭和三十三年一月まで三年間分合計五十四万円の賠償を求める。
(六)、以上の主張が理由がないとしても、昭和三十年三月一日、原告と被告の機関熊本営林局長との間に、
(イ) 被告は、(二)の原告を雇傭員等として使用すると約束したことを認め、原告が働ける(当時原告は病気療養中)ようになり次第、右の約束にしたがい原告を使用する。
(ロ) 被告は、退職手当金等減額により原告がうけた損害二十二万円のうち十万円を原告に対し賠償する。
という約束ができた。
しかし、被告は、右十万円の支払いもしないし、原告が昭和三十二年十月から働けるようになつたのに、右(イ)の約束も履行しない。それによつて、原告は、(四)のように少くとも三年間一カ月一万五干円の利益を失い、同額の損害をうけている。
よつて、原告は被告に対し、右十万円の支払いと、昭和三十二年十月から昭和三十五年九月まで三年間の右損害額の割合による損害の合計五十四万円の賠償とを求める。
(七)、被告主張の(二)のうち、原告の履歴は認める。ただし、原告は、昭和二十年七月一日満洲林産公社を退社し、同日機材会社へ奉職したものであり、したがつて、国家公務員等退職手当暫定措置法施行令附則第三項に定める外国政府職員等としての身分を失つた後に引き続いて再び職員となつたものに当らない。それゆえ、原告が満洲林産公社へ勤務した期間を勤続期間に通算してよいかどうかの疑いが生ずるわけがない。
同(二)のうち、右の期間を通算するかしないかにより、被告が主張するとおり期間、額に差異が生ずることは認めるが、熊本営林局長が原告に対し、右通算の有無の相異について説明したという点は否認する。右局長が原告の臨時待命を承認するについて、原告に対し、待命期間を六カ月とする人事異動通知書(以下「通知書A」という。)と待命期間を四カ月とする人事異動通知書(以下「通知書B」という。)とのふたつを交付したことは、認める。通知書Bが通知書Aを訂正する効果を発生するという主張は、否認する。
人事異動通知は、人事に関する官庁の処分行為で、特定事件を処理する確定的な意思表示であつて、将来に向つて効力を生ずるものである。
右の通知書Aを変更する必要がある場合には、まずこれを取り消し、その後新しい異動通知をすべきである。
通知書Bは、通知書Aを取り消すことなく出されたものであり、将来に向つて効力を有するという性質上、通知書Aを変更する効果はない。
しかも、通知書Bはつぎの理由で無効である。
通知書Bは、熊本営林局長が、一方的に通知書Aの訂正であると称して、原告に交付したものであり、通知書Aが臨時待命の承認であるのと異なり、実質的には臨時待命を命ずるものである。
また、通知書Bは、定員法所定の臨時待命処理期限である昭和二十九年七月十五日付けになつてはいるが、実際は同年十一月二日にされたものであつて、法律に違反したものである。
いずれにしても、通知書Bは、通知書Aの効力を排除、変更することがない。したがつて、通知書Aによつて確認された原告と被告との間の(二)の約束は、消滅していない。
同(三)のうち、原告が昭和二十九年七月十五日から財団法人熊本林野共済会の事務をとつたこと、同年十月胸部疾患でそれを中止したことは認める。これは、右共済会と原告との間に、原告の待命期間が終つてから、退職当時の月収をなるべく落とさないように給与を決めて、原告を同共済会の職員として採用する、待命期間中は、原告は同共済会の事務を無料奉仕するという約束ができ、原告は、この約束により、同共済会に勤務したものである。
同(二)のうち、原告が、昭和三十三年六月ごろ、被告の就職あつせんに応じなかつたという点は、否認する。
被告指定代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」という判決を求め、答弁および主張を、つぎのとおり述べた。
(一)、原告主張の(一)の事実は認める。
同(二)の事実は否認する。
同(三)のうち、熊本営林局長が原告に対し、その主張のころ、待命期間を四カ月と通知したこと、退職手当金と四カ月分の待命手当金として原告が主張する金額を支払つたこと、原告を雇傭員として採用しなかつたことは認める。被告に債務不履行があることは否認する。
同(四)のうち、原告主張の別紙記載の事実は認める。しかし、別紙記載の例は、各人の経歴、勤務期間等により差異が生ずるのであるから、それをそのまま原告がうけるべき給与額等の算出の基礎とすることはできない。原告がうけるべき給与額が一カ月一万五千円が相当であるということは否認する。
(二)、原告は、大正七年十二月九日熊本大林区署(現在の営林局)に奉職し、昭和十五年九月十四日退職、同月十五日満洲林業株式会社(のちに満洲林産公社と改組)に奉職、昭和二十一年十二月十日山野営林署に再奉職、昭和二十九年七月十五日定員法附則第十項により臨時待命を承認されたものである。
右の承認について、臨時待命期間と退職手当金の計算に疑いが生じた。すなわち、満洲林業株式会社が国家公務員等退職手当暫定措置法施行令附則第三項第三号の大蔵大臣の指定する機関に該当することになれば、原告の勤続期間は、右会社の勤務期間六年三月の三分の二にあたる四年二月を加えて十一年十月になり、該当しないことになれば、原告の勤続期間は七年八月となるのである。右の差は、待命期間において六カ月と四カ月の、退職手当金において四十八万円と三十一万四千四百二円の違いとなる。
そこで、右局長は、原告に対し、この事情を話し、さしあたり原告に有利になるように通知書、Aを発令し、原告の臨時待命を承認したものである。
しかし、その後の調査により、右会社の勤務期間を原告の勤続期間に通算することはできないことが判つたので、右局長は、同年十一月に、誤りを訂正するため、待命期間を同年七月十五日から四カ月間と訂正した通知書Bを原告に交付したものである。
(三)、被告は、原告主張の(二)の約束をしたことはないのであるが、熊本営林局では、同年七月十五日臨時待命の承認と同時に、原告を林野共済会に就職のあつせんをし、原告はその事務員として勤務するようになつた。
ところが、原告は、同年十月、胸部疾患のため退職した。
昭和三十三年六月ごろ、原告から、病気が全快したからと再度就職のあつせんを頼まれたが、退職当時とは状勢も変り、原告も六十才を超えて適当な職務もなかつたので、同局で特に臨時雇傭の計画をたてて原告を雇傭しようとしたが、原告はこれに応じなかつた。
証拠<省略>
理由
農林事務官として熊本営林局に勤めていた原告が、昭和二十九年七月十五日、定員法附則第十項にもとづいて、同局長から臨時待命の承認を得たことは、当事者間に争いがない。
右の臨時待命による臨時待命期間は、定員法附則第十五項により、その勤続期間に応じて算出され、期間満了後退職する際うける退職手当金の額は、国家公務員等退職手当暫定措置法、同法施行令附則第三項により、その勤続期間、給与等をもとにして一定の算式により計算されることに法定されているものである。右各法規と、当事者間に争いがない原告の履歴(原告が原告主張のとおり機材会社へ勤務したかどうかは、影響がない。)とによれば、原告の勤続期間は七年八月であることが明らかである。そうすると、原告の臨時待命期間は、定員法附則第十五項により、四カ月となる。また、右勤続期間をもとにした場合、原告のうけるべき退職手当金が三十一万四千四百二円であることは、当事者間に争いがない。
ところで、原告は、右と違つて、原告主張の(二)の約束ができた、と主張する。
証人北里良照、同肥田木司の各証言によれば、熊本営林局長が原告に臨時待命を勧告した際、同局では原告の満洲林業株式会社の在職期間が前記定員法附則にいう勤続期間に算入されるという考えでおり、したがつて、間違つた基準で臨時待命期間、退職手当金を計算し、原告に対し、その待命期間は六カ月、退職手当金は四十八万円になると説明したことを認めることができる。
しかしながら、この事実も、単に前記法令により計算して出た結果(基礎になる勤続期間を間違えていたものであるが)を説明したものに過ぎないとみられるだけであつて、原告の満洲林業株式会社の勤務期間を原告の勤続期間に入れることができないと判つているのに、前記法令による定め以上に原告に特別有利な条件をつけると約束したものであると認めることができない。
また、原告に対する臨時待命の承認が通知書Aによつてされたこと、通知書Aには臨時待命期間が六カ月とされていたことは、当事者間に争いがないのであるが、これも、前記認定事実により、同局では原告の勤続期間の計算について誤解をしていたものであり、それにもとづいて通知書Aを作成し、発令したものであると認められるのであつて、右の記載だけで、原告主張のような約束ができたと認めることができないことは、前に述べたと同様である。
ところで、臨時待命の承認による臨時待命期間は、定員法附則第十五項により、臨時待命職員の勤続期間により法定されていることは、はじめに述べたとおりである。それゆえ、通知書Aのうち、臨時待命期間を定める部分は、右法令に違反したことが明らかである。
よつて、右の期間を定める部分の効力および通知書Aの交付自体によつて原告主張の約束ができたとみることができるかゞ問題になる。
(通知書Aによつて一緒にされた臨時待命の承認は、本来通知書Aの主体をなすものであるとともに、期間を定める部分と区別して考えることができるものであり、それ自体には誤りがないのであるから、期間を定める部分の効力のいかんに関係なく有効である。)
臨時待命承認による臨時待命期間は法定されているものであるから、通知書Aによつてされた右期間を定める行政処分は、本来法律できめられた期間(定員法附則第十六項にもとづく政令にしたがい、勤続期間を計算したうえ)を確認する性質のものであるということができるのであるが、このような確認的性質をもつ行政処分であつても、権限のある行政庁が一旦処分をした以上は、たとえその処分に本来の確認されるべき事項と異なつた表示がされていたとしても、一応その表示どおりの効力が生ずる(取り消すことができるものとして)ものと云わなければならない。
一方、臨時待命を申し出たときおよび通知書Aの交付をうけたとき、原告が自分の臨時待命期間は六カ月であると認識していたことは、弁論の全趣旨から認めることができる。
そうすると、通知書Aの交付によつて、熊本営林局長と原告との意思が一応合致したものとみることができる。
しかしながら、このような形式的な事実だけで、原告主張の(二)の約束(イ)、(ロ)が成立したとすることはできない。
なんとなれば、通知書Aによつてされた待命期間に関する熊本営林局長の意思表示は、任免権者の一方的な行政行為であつて、私法上の契約の申込みあるいは承諾となる意思表示とみることはできないものであり、原告が主張するような私法的な約束が成立したとみることができる余地がないものであるからである。
なお、熊本営林局長が、のちに、原告に対し、臨時待命期間を四カ月とする通知書Bを交付したことは、当事者間に争いがなく、この事実によつて、以下に述べるように、通知書Aによつてされた行政処分のうち臨時待命期間を六カ月と定めた部分は取り消されたものということができる。
成立に争いがない甲第一号証の一、三によれば、通知書Bは、期間を四カ月とするとあるほかはすべて通知書Aと同じ体裁をとつていることを認めることができる。
行政処分を取り消すには、取り消される処分と相いれない処分をすることによつてすることも許されるものであつて、通知書Bは、その方法が適切であつたかは別として、通知書Aで間違つて確認していた期間の部分を取り消して、新しく正しい期間を確認したものとみることが可能である。
また、通知書Bには、原告に対し臨時待命を承認するという部分もあるが、承認自体は既に通知書Aにより効力を生じているものであつて、通知書Bの承認は、単に通知書Aと形式を同じくするために掲げられたものであり、通知書Bの実質は、先の間違つた行為の取消しにあるものとみることができるので、右承認の記載も、通知書Aの承認に影響がなく、原告が主張するように、臨時待命を命ずることになるというようなことにはならない。
更に、原告に対する臨時待命の承認は、処理期間である昭和二十九年七月十五日までに通知書Aによりされている(この有効なことは前述のとおりである。)のであつて、通知書Bはその方法、形式が相当でないため、まぎらわしい面がないでもないが、実質は先にした待命期間を定める処分の取消しにあるのであつて、臨時待命の承認と処理期間との関係の問題は、通知書Bによつて起る余地はないものである。
以上のとおり、通知書Aの交付によつても、原、被告間に、原告主張の(二)の約束(特に(イ)、(ロ)の)がされたとみることはできない。
つぎに、成立に争いがない甲第八、九号証に、証人肥田木司の証言によれば、臨時待命の処理にあたり、熊本営林局としては、臨時待命職員がたゞちに失職することがないように、待命期間中やその終了後、同局の雇員、臨時職員に採用したり、外廊団体の職員に就職のあつせんをしたりする方針をたてており、原告に対しても右方針に変りなく、待命の勧告にあたり就職のあつせんをする旨話したことを認めることができる。
しかしながら、全証拠を以てしても、同局長と原告との間に、被告が原告を同局の雇員等として採用するという原告主張(二)の(ハ)の約束ができたと認めることはできない。のみならず、原告に対する臨時待命の承認がされると同時に、原告は林野共済会との間にできた退職後同共済会に勤務するという約束にもとづいて、同共済会の事務を執るようになつたという原告が認める事実からすると、同局長は、勧告当時から、原告を右共済会に就職のあつせんをする考えであつたものとみられ、局自身で採用するという約束ではなかつたものと推認することができる。
以上のとおり、原告主張の(二)の約束ができたと認めることはできない。
そうすると、右約束の成立を前提とする原告の第一次の請求は、そのほかのことについて判断するまでもなく失当である。
よつて、原告の第二次の請求について判断する。
成立に争いがない甲第五号証、甲第八号証、証人日野瀞董の証言によれば、原告が、昭和三十年に、本件紛争について、熊本営林局苦情処理地方調整会議へ苦情の申立てをしたとき、同会議の議長をしていた同局厚生課長日野瀞董が、原告に対し、病気中であつた原告が全快して働けるようになつたら林野共済会への就職をあつせんする、金額ははつきりすることはできないが、同局長に話してどれほどかを原告に支払うようにしてもらおうと約束をしたが、日野の申出や計画も同局長や同局総務部長らのいれるところとならないで、同局としては、原告に対し、右条項を認めるに至らなかつたことを認めることができる。
原本があり、それが真正に成立したことに争いがない甲第四号証の七、甲第六号証の一、成立に争いがない甲第七号証によれば、原告は、昭和三十三年、昭和三十四年当時、原告が主張するような約束ができていたと主張していることを認めることができるのであるが、これも単に原告の考えを書いたものであるから、原告主張事実の認定資料とすることはできず、ほかに、前記認定を覆して原告主張の(六)の約束ができたと認めることができる証拠はない。
そうすると、この約束ができたことを前提とする原告の第二次の請求は、そのほかの点について判断するまでもなく失当である。
原告が本件の臨時待命に関して、熊本営林局側のとつた態度により、精神的苦痛をうけていることは、容易にうかがわれるところである。しかしながら、それの慰謝と本件の原告の請求(当事者間にできた約束の履行とその不履行による財産的損害の賠償)とは全く別問題である。前に見てきたとおり、原告主張の約束ができたと認められないのであるから、本件原告の請求は、いずれもこれを棄却せざるを得ない。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀部健二 西沢潔 森林稔)
別紙<省略>